リンパ浮腫に合併する蜂窩織炎や、痛みへのリンパ管静脈吻合術(LVA)の治療効果を科学的に解析してきました。医学的なエビデンスに則り、概要を報告いたします。病気に悩まれている患者さんは、ぜひ受診をご検討下さい。
蜂窩織炎の抑制効果;約92%
痛みの抑制効果;約96%
リンパ浮腫患者の約30%に発生すると言われている蜂窩織炎は、健常人に発生する蜂窩織炎と異なり、免疫機能異常を有しているリンパ浮腫症例においては、浮腫部に突然の発赤が生じ、急激に進行し数時間内にあっという間に40度近い発熱を発生します。場合によっては、敗血症性ショックで命を落とす場合もあります。
特に蜂窩織炎を頻発する患者さんは、度重なる欠勤のため就労困難となり、仕事を辞めざるをえない状況に追い込まれたり、浮腫部に過度な負担をかけることを避けるため、旅行やスポーツといった活動が制限されたりすることも少なくありません。
蜂窩織炎が出現している状況では標準治療であるリンパドレナージやスキンケアといった保存療法は禁忌とされているため、病状は著しく悪化しつづけます。当外来においては新しい対策として、局所麻酔下にリンパ管静脈吻合術を行う事で蜂窩織炎発生を抑えます。
リンパ浮腫は免疫不全の状態であり、合併する蜂窩織炎に対して、これまで予防法は無いとされてきました。われわれは、リンパ管静脈吻合術による蜂窩織炎発生抑制効果に関して解析しました。この治療の効果は少数の症例に限ったものではなく、95症例を解析した医学的な根拠に基づいたものです(Mihara, Hara, Kikuchi et al. British Journal of Surgery,
2014 Oct.)。上肢リンパ浮腫11例、下肢リンパ浮腫84症例に関するデータです。術前1年間の蜂窩織炎の平均発生頻度1.46回だったものが、術後1年間では0.18回まで低下しています。約1/8まで減少したことになります。
浮腫状態の悪化に伴って、蜂窩織炎の発生頻度も増加しますが、リンパ機能が少しでも残っていれば重症の病期でも蜂窩織炎発生を予防することができます。国際リンパ学会によるリンパ浮腫分類のStage3(象皮病)においては、術前1年間の平均発生頻度が4回だったものが、術後0.62回と、約1/6に低下します。
これまで、年間10回以上の蜂窩織炎を発生するリンパ浮腫患者さんも治療を行ってきました。局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術を行うことで、発生頻度の抑制や症状軽減が見込めます。但し、リンパ機能の状態によっては、複数回の手術(1~4回程度)が必要となる場合があります。
治療のタイミングは、蜂窩織炎の症状(患部の発熱・発赤・疼痛等)が発生していない状況で手術を実施します。入院期間は通常の手術プロトコルと同様で1日から7日間程度です。 ※本項での蜂窩織炎の定義は、患部の発赤・腫脹・疼痛に加えて、38.5℃以上の発熱を生じた一連の症状です。
左図; 60代女性、子宮頚癌術の下肢リンパ浮腫患者さんです。年間12回の38.5℃を超える蜂窩織炎に悩まれていました。毎月、2週間程度入院し、退院後、1-2週間で蜂窩織炎が出現し、再入院を繰り返していました。徐々に下肢の筋力は低下し、歩行困難症状も呈し始めていました。当チームにて2回の局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術を実施し、治療後には38.5℃を超える蜂窩織炎は生じておりません。
中図; 60代女性、右乳がん術後の上肢リンパ浮腫患者さんです。年間10回程度の38.5℃を超える蜂窩織炎に悩まれていました。以前は、海外旅行を楽しんでおられたのですが、蜂窩織炎が発生するようになってからは、家にこもる生活が続いていました。当科にて1回の局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術を実施し、治療後には38.5℃を超える蜂窩織炎は生じておりません。術後1年目で、ヨーロッパ一周旅行に出発されました。
右図; 90代女性、子宮癌術後の下肢リンパ浮腫患者さんです。年間4回程度の38.5℃を超える蜂窩織炎に悩まれていました。蜂窩織炎が頻発している内に、徐々に下肢筋力が低下し、車いす生活を余儀なくされました。元々、心臓病も有していたため、蜂窩織炎が発生する度に敗血症性ショックに至り、危篤状態となりました。当チームにて局所麻酔下にリンパ管静脈吻合術を実施し、治療後は38.5℃を超える蜂窩織炎は出現しませんでした。以後、リハビリに励んでおられます。
※尚、前述の通り、92%の患者さんはリンパ管静脈吻合術の単独治療で症状改善を得ることができます。残りの8%の患者さんは、抗生剤投与、象皮病根治術、脂肪切除術との合併治療にて、症状改善を得ることができております。治療法の選択に関しては、外来時にご相談下さい。
これまで抗生物質の数年にわたる継続内服や理学療法のみが蜂窩織炎予防の手段であったため、この結果は画期的なものとして国際的にも認められ始めております。
British Journal of Surgery 誌(2014年10月号)には論文に加えて、表紙に治療コンセプトを掲載頂きました。
論文要旨和訳【目的】
婦人科癌術後の合併症として下肢リンパ浮腫が生じることがあり、長期化するに従い蜂窩織炎が頻発するようになることがある。リンパ浮腫を基礎とした蜂窩織炎は急激に発症し、患肢の腫脹発赤、38~40度台の発熱をきたし、敗血症性ショック状態に陥る場合もある。蜂窩織炎が起こるとリンパ管の損傷が進みリンパ浮腫の悪化をきたすという、負の連鎖が生じる。近年リンパ浮腫の外科治療としてリンパ管静脈吻合術(LVA)が普及しつつあるが、今回われわれはLVAの蜂窩織炎予防効果について検討した。尚、全例に於いて術前にインフォームドコンセントを実施した。
これまで、リンパ浮腫に合併する痛みの評価、及び、リンパ管静脈吻合術の治療効果を科学的に解析し、96%の患者さんにおいて、症状改善を得ることができました。患者さんの状態によっては、メンタルケア、ペインクリニック受診を指示する場合もあります。
40代女性。2年前に左乳癌を発症し、乳腺全摘、腋窩リンパ節郭清術、放射線治療、タキサン系の化学療法を施行されました。1年後に左上肢リンパ浮腫を発症し、左上肢全体、前胸部、背中に強い痛み(VAS8)が生じ、日常生活が困難になりました。また腋窩にリンパ漏を認めていて、1日数回のガーゼ交換が必要であった。リンパシンチ検査にて痛みと一致した部位に皮膚逆流所見(dermal backflow)を認め、リンパ浮腫と痛み(乳房切除後疼痛症候群)に相関性を有していると判断しました。
局所麻酔下・リンパ管静脈吻合術の術後2週間で、上肢の張りが減少し、術後3ヶ月で肩から上肢にかけての痛みは軽減し、日常生活はほぼ問題なく過ごせる状態まで回復しました。 (注)乳房切除後疼痛症候群に対する、本治療の効果は個人差があります。
※本症例は国際医学雑誌 Journal of Reconstructive Surgery Open に厳正な査読の上、アクセプトされております。治療経過説明に加え、治療前・後の被写体の状態や、撮影条件は同一としており、「医療機関ホームページガイドライン(厚生労働省)」に則り医学的に正確な情報を掲載しております。
(参考医学文献/英語)
リンパ浮腫に関連する蜂窩織炎の抑制硬化についての医学論文(三原、原らによる報告)
・Mihara, Hara et al. Lymphaticovenular anastomosis to prevent cellulitis associated with lymphoedema. Br J Surg. 2014 Oct;101(11):1391-6. イタリア・シエナ大学、イギリス・オックスフォード大学との共同研究成果。詳細はこちら(英語)。
・Mihara, Hara et al. Multisite Lymphaticovenular Bypass Using Supermicrosurgery Technique for Lymphedema Management in Lower Lymphedema Cases. Plast Reconstr Surg. 2016 Jul;138(1):262-72. 詳細はこちら(英語)。
リンパ浮腫に関連する痛みの抑制効果についての医学論文(三原、原らによる報告)
・Mihara, Hara et al. Lymphaticovenous Anastomosis Releases the Lower Extremity Lymphedema-associated Pain.
Plast Reconstr Surg Glob Open. 2017 Jan 26;5(1) 詳細はこちら(英語)。
・Mihara, Hara et al. Lymphatic venous anastomosis can release the lymphedema associated pain (LAP) of upper limb after breast cancer treatment. Journal of Reconstructive Microsurgery Opern (in press)